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岸田秀氏の唯幻論

 筆者が学生時代、もう三十年近く前になるが、岸田秀氏の「ものぐさ精神分析」シリーズにかぶれていた。

 岸田氏は自説を唯幻論と呼び、その名の通り「すべては幻想である」というのがその説のすべてである。

 「すべては幻想である」というのは「すべてはどうでもいい」と言い換えることもでき、実際岸田氏の口癖は「どうでもいい」とか「どうだっていい」だったと記憶している。

 岸田氏はルイス・ボルクの胎児化説やアドルフ・ポルトマンの生理的早産説などを統合したアルノルト・ゲーレンの「欠陥生物」論をうけて「人間は本能の壊れた動物である」ということが唯幻論の理論的なベースとなっている。

 すなわち人間は他の動物に比べて早産ともいえる状態で生まれ、非常に長い期間親の庇護を受けねばならない。

 他の動物は生まれてかなり早い段階で本能によって生き抜く能力を発揮するが、人間はあまりに長い期間親に依存しなければならないために、本能によって生きるというより親との関係がもとになった幻想を本能の代わりにして生きていかなければならなくなった、というのが骨子であったと思う。

 それで、ありとあらゆる思想、信念、信仰はこういう幼児期の親子関係がもとになった幻想であると岸田氏は切り捨てる。

 その語り口は爽快で破壊的なので、相当な人気を博していたと思う。

 インテリの人が好きそうな「現代思想」という雑誌でもメインの執筆者・対談者だった。

 今となっては、学問的にそう高い評価を受けているわけでもなさそうで、一時代の異端児的ヒーローだったという捉え方をされているようだ。

 岸田氏も認めているように「すべては幻想である」という主張は彼独自のものではなく、古来インドなどの哲学者によって主張されてきた。

 岸田氏は、それをフロイトやポルトマンの説によって説明したところが新しかったのである。

 今自分の周りで起こっていることが現実なのか幻想なのか、はっきり証明することは実はできない。

 であるからすべては幻想であるからどうでもいいことなのだという主張は、相当な説得力がある議論であり論理で間違いであると証明することはできない。

 けれども、若い時はその爽快なまでの破壊性に喝采したものだったが、今思うにやや味気ない主張であるように思うのである。

 それはたとえば、すべての物質はクオークとかエネルギーに還元されるといえばそうなのであるが、げんに世界は多様で豊かであり、一人の魅力的な人間を接した時そういう物理的事実はあまり意味をなさなくなるだろう。

 イデオロギーや宗教というのが歴史上は抑圧装置として作用してきたことが多く、それらは実は幻想なのだ、と指摘して破壊することは「王様は裸だ」という指摘の爽快さに通じるだろう。

 ただ人生には必ず痛みというものが伴い、唯幻論は部分的に抑圧から心を解放する場合には役立つ場合があるかもしれないが、それが痛みを脱していくための指針とはなりえないと思うのである。
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西欧の異端の流れ(グノーシス主義)

最近『タリズマン』(グラハム・ハンコック、ロバート・ボーヴァル著、大地舜訳、竹書房)という本を読んでいる。

 グラハム・ハンコックは『神々の指紋』(竹書房)の著者として名高く、アカデミズムの通説とは異なった事実(たとえば古代に科学が高度に発達した文明があった)を綿密な取材によって紹介することで有名である。

 『タリズマン』では、西欧社会で異端として弾圧されてきたグノーシス主義が、エジプトに起源を発するもので、近・現代に至るまで脈々と西欧文明の底流に流れていたことが詳述されている。

 カトリック教会による異端審問、十字軍の派遣、魔女狩りなどもこの流れを排除するためのものだった。

 人類の精神史を理解するうえでとても興味深い事実がたくさん出てくるので、おいおい紹介していきたいと考えている。 

わが青春のプログレッシブ・ロック

 最近Facebookにはまっていて、ことに「プログレ同好会」というプログレッシブ・ロック愛好者のコミュニティがあって、これが実に楽しい。

 プログレッシブ・ロックというのは1960年代末から70年代にかけて主にイギリスを中心として流行したロックのムーブメントで、代表的なバンドはピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエス、エマーソン・レイク&パーマー、ジェネシスなどである。

 もともとニューエイジやドラッグカルチャーをバックグラウンドとしたアーティストが多く、サイケデリックサウンドなどと形容されていた。

 現代のポップスやジャズなどに及ぼした影響も大きく、いまだにCMのBGMで使われていたりすることも多い。

 古くてマニアックな話題をFacebook上で語り合っていると、結構熱中してしまうのである。

 筆者もこっそりとピンク・フロイドのTimeやWish you were hereを練習している(ここに書くとこっそりしていないかもしれないが)。

 それで、音楽というのはもともとシャーマニズム的要素が大きいものだが、プログレッシブ・ロックはサイケデリックカルチャーとシンクロしたものなのでその要素が特に大きい。

 すなわち、聴いているとトリップするのである。それはもう見事なくらいに音によってトランス意識に入る方法を熟知したアーティストが揃っているのである。

 もう一つプログレッシブ・ロックの大きな特徴として、歌詞などのメッセージが一般に暗くて重いということがある。

 軽いラブ・ソングなどは皆無に近く、世界の終りとか人類の苦悩、アセンションなど壮大で重い内容がテーマになっていることが多い。

 ここでピンク・フロイドの超ロングセラーアルバム「狂気」から、Timeという曲の和訳を一部紹介したい。(「プログリリックス ◆ プログレッシヴ・ロック名盤の名曲訳詞館」というサイトより
URL: http://proglyrics.blogspot.com/2009/04/blog-post_17.html

カチカチと刻まれる一瞬一瞬が退屈な一日を作り上げるけれど
お前は何の準備もせずに時間をムダにする
地元の狭い土地をうろつきながら
誰かか何かが 行くべき道を示してくれるのを待ちながら

太陽の下で横になっていたり
家にこもって雨を見ているのにも疲れ
お前は若く人生は長く、そして今日もまた退屈な一日
そしてある日10年もの歳月がお前を通り越していったことに気づく
誰もいつ走ればいいなんて教えてくれなかったし、
スタートのピストルの合図も聞き逃したのだ

 このように大変重苦しい内容の歌詞が続く。

 このピンク・フロイドの「狂気」は、4千万枚以上という世界のアルバム売上ランキングで五指に入る超メガヒットアルバムなのだ。

 すなわち世界中でこの暗い歌詞を若者が聴いていたのである。

 これは大きな刷り込みであったともいえるし、集合意識がこれから世界に起こることを予感していたのだ、という見方もできるだろう。

 また、ものすごく暗い想念に集中すると、人間はトランスに入っていくというシャーマン的技術を、プログレッシブロックのアーティストは無意識的に知っていたとも言えるのである。

スピリチュアルな世界からの通信について

 筆者はグランマザー会議やシャーマニズムに関わってきたのだから、当然憑依のようなこととか霊界からメッセージを受けるというような現象も見聞きしている。

 一方で臨床心理士として心を病んだ人たちにも会ってきているので、「神からのメッセージを受けた」とか「自分は仏陀(とかイエス・キリスト)の生まれ変わりである」とか言うおかしな人たちにも随分会ってきた。

 一体シャーマンとか霊媒とか言われる人たちと、心の病気と言われる人たちに起こるそうした超常的な現象にはどういう違いがあるのであろうか?

 そしてそもそも霊界からメッセージを受け取るというような現象は、どこまでが真実でどこからが思いこみや虚偽なのであろうか?

 そういう類の現象はすべて自己催眠にかかっているだけだ、と断言する人もいる。

 ルドルフ・シュタイナーはそういう霊界からのメッセージを受け取ったと生涯主張し続けた人だったが、そういう現象を認めない科学的立場に立つ人たちについて次のように述べている。

 自分が経験していないことを根拠に、他者が経験した心霊現象は錯誤か虚偽であると否定するのは傲慢である。それは単に「知らない」ということを言明しているだけであって、知らないものを肯定したり否定したりするのはナンセンスだ。

 もっともな言い分であると思う。しかし学校教育(この影響は大きい)とか、いわゆる一般社会ではそういう現象の存在は否定することが建前となっていると言えるだろう。

 かなり多くの人たちが、個人的には死後生とか霊魂、あるいは神霊の存在を信じていると思われるから状況は多層的で複雑であるが、それでも社会的な建前の影響力は強力である。

 だからそういう影響で、心霊現象を頭から否定してしまう人たちがいることも理解できることなのである。

 実のところ、シュタイナーも同じ趣旨のことを言っていたと思うが、あるインスピレーションが神とか霊界から受けたメッセージであるのか、それとも単なる頭の中の思いつきであるのかは科学的な方法で判断することはできない。

 それはあくまで主観的判断であって、その受け取られたインスピレーションのバイブレーションが高いかどうかを感じるアンテナしか判断材料はないのである。

 たとえば、おそらく自分が誰の生まれ変わりであるかの人気NO.1はイエス・キリストだろうと予想するが、そう主張していながら品格の面で到底キリストとは似ても似つかない人たちが沢山いる。

 したがって、そのメッセージを受け取った人の生き方や言動が重みや真実性を与えるということになるのだ。

 筆者の実感として、霊格が高いと感じられた人は生き方もすばらしいし、そのメッセージも深いと感じられるのである。それを信じるかどうかは、後は個人の選択ということになるのである。

 もう一つ考えなければならない要素として、ローマの国教となって以降主流のキリスト教はシャーマニズムやシャーマニズム的な宗教を異端として弾圧してきたことがある。

 なぜなら霊的体験は教会の専属事項であって、一般の人が勝手に霊界からメッセージを受け取ったりするのは、支配層としてはきわめて都合が悪いのだ。

 そういうわけでグノーシス主義など自らのシャーマン的な宗教体験を重視する各派は、カトリック教会から徹底的な弾圧を受けたのである。

 しかしイエス・キリストという人はもともと強烈なシャーマンであったと思うし、原始キリスト教はローマ・カトリックの教義よりもっとグノーシス的だったのではないかと考えられ始めている。

 大体、神や霊界からメッセージを受け取るというようなことは、人間の素直な感性からみて当然のことだと古来考えられてきたのだ。

 さきほど現代社会の心霊現象に関する建前について述べたが、そういう伝統的キリスト教の影響が大いにあるように思われるのである。

 これは個人にとっても社会にとってもとても重要な問題であるし、もしかすると最重要事項の一つであるかもしれないので、今後も考察を続けたいと思うのである。

東日本大震災の心のケア

 昨日、大阪臨床心理士会主催の東日本大震災心理支援研修会に参加した。

 大震災後の心のケアの状況が気になっていたからである。

 臨床心理士の人たちも、多くの人がボランティアとして災害復興支援に取り組まれていて、頭の下がる思いである。

 阪神大震災のときもそうだが、数多くの善意ある人たちがボランティアとして被災の場に向かうことは本当に高い精神性に支えられているのだと思う。

 肉体労働のボランティアをした人の話を聴いたが、一日中悪臭の中でヘドロの処理をし、風呂もシャワーもなくテント暮らしでカップヌードルの食事、水も持参とのことである。

 ずっとそんな生活を続けているボランティアの人もたくさんいるのである。

 一方で、福島原発事故によって次々に露見する東電や政治家・官僚などの悪事や失態を見て、暗澹たる思いをしている人が多いであろう。一体この国はどうなってしまうのだろうと。

 経済産業大臣は福島原発事故の対策に取り組む作業員が、放射線の計測装置を自ら外して作業現場に向かっていることを美談として紹介したそうである。

 本来そういうことをさせないようにきっちり管理する責任者である人が言うべき発言とは、到底信じがたい。
 
 まったく狂ってしまっている。どうしてこうも次から次に、気の狂った連中がおかしなことをやらかすのかとあきれるばかりである。

 次の原発事故がどこかで起こったら、日本は本当にお終いだとみんなわかっている筈である。もしそうなったら、日本人は歴史上最も愚かな国として名を残すことになるだろうと言った人がいるが、まさにその通りだろう。

 今の日本人の精神状態は、発狂状態にきわめて近い。
 
  精神科業界でわりに有名な話で、統合失調症という精神病にかかると核兵器が爆発するビジョンを見たり夢を見たりすることがよく起こる。

 つまり心の中にとんでもないことが起こったということを、外の世界で核爆発が起こったというふうに感じてしまうのだ。

 そして急性期の精神病状態では、あらゆる危険を知らせるシグナルが入ってくるのである。そういう妄想の典型的なものを下記にあげる。

・CIAの陰謀でとんでもないことが起きている。
・自分は常にCIAに監視されている。
・宇宙人が電波を送って自分をコントロールしてくる。
・空気や食べ物が毒や放射能で汚染されている。
・人類は罪を犯したので今滅亡しつつある。
・世界中で大地震や津波が襲う。
・政府の人や警察の人は嘘をついて騙そうとしている。
・まわりの人はみんな宇宙人かロボットで、人間のふりをしている。
・自分は取り返しのつかない罪を犯してしまった。

 これらはネットで飛び交っている陰謀論にそっくりである。

 怖いのはどこまでが現実でどこからが妄想なのか誰にもわからないことだ。そういう現実と幻覚・妄想との境界がなくなってしまうことが、精神病の顕著な特徴なのである。

 現在の日本人は集団精神病状態になっているといえる。ただみんなそうだから、あえて病気とは診断されないだけである。

 ではなんでこういう事態が起きてしまったのか?そこに目的はあるのか?

 そう、心の病気から回復する過程で、人間は一時的に精神病状態になることがあるのだ。

 それは「死と再生」のプロセスで、いったんは混乱と破壊を経験することで精神の健康を取り戻すというのは人類の普遍的パターンなのである。

 実はこの地球自体が宇宙の中では精神病院のようなものであるという考えが、アラン・カルデックが創始したスピリティズムという霊的教義の中にある。

 ほとんどの人間は狂っていて、スピリチュアルな真実を見失ってしまっているというのだ。

 人間はエゴイズムと物質・テクノロジー至上主義という病気にかかってしまっているのである。

 ただ病院であるから地球には医者もいる。それがイエス・キリストのように愛を教える人だというのがスピリティズムの考え方なのである。

 連日入ってくる原発や政治の情報には、本当に狂った波動を感じる。

 でも一方で、被災した人のために献身的に働くボランティアの人たちがいるのである。

 そう遠くない将来に、こうした善意と愛に満ちた人たちが日本でイニシャチブを取り、利権に吸血鬼のように群がる亡者たちが真実に目覚める日が来ることを祈るのである。
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プロフィール

アートセラピスト 郡浜 浩

Author:アートセラピスト 郡浜 浩
 アートセラピストをやっている郡浜浩(コオリハマヒロシ)と申します。

 アートによる人と人の出会いと心の交流の場の創造をライフワークと考えており、その実現のためワークショップ・個人セッションを行うキャリアアート研究所を主宰しています。

ホームページ 
キャリアアート研究所

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創造性発揮を強力サポート! ~クリエイティブ・コネクション~



 出身は北海道の当麻町という田舎町で、自然の中で素朴な少年時代を過ごしました。大学卒業後は東京のお堅い政府機関でしばらくサラリーマンをやっていました。

 二十代の後半に人生を大きく変えることがありました。ゲシュタルトセラピーのリッキーさんの「喜びの創造セミナー」というアートセラピーのワークショップを受けたことです。いたく感銘を受け、「こういうことを一生やっていきたい」と思いました。

 それで語学やら貯金やら準備を進めて、三十代の半ばに意を決してサラリーマンをやめ、サンフランシスコにあるCIIS(カリフォルニア統合研究所)という大学院に留学し、表現アートセラピーという技法を学びました。

 4年間アメリカにいて、帰国後は精神科クリニックに勤めたりスクールカウンセラーをやりながらワークショップ開催などを行っていましたが、2010年に奈良に引っ越し、本格的にワークショップを展開すべくキャリアアート研究所を設立しました。

 一方で、CIISという学校がトランスパーソナル心理学の中心地で、その縁などからアメリカでシャーマニズムや少数民族の伝統文化の流れと出会いました。その流れを探求してきて、2010年10月には霧島で開催されたグランドマザー会議(先住民族のシャーマンのおばあちゃん達が地球の危機を克服するために集まったもの)に参加しました。

 アートセラピーとシャーマニズムって、深いところで繋がっていると実感しています。両方とも現代社会では周辺的な位置づけにあって、そんなに重視されていないかもしれませんが、私はこれからの世界的な危機を人類が生き抜いていく核心的な知恵がそこにあると思います。

 とまあ堅い話はそのくらいにしまして、私の趣味ですが、おいしいものを食べたり本を読んだりすることが好きです。あとお笑いとかたまにビデオを見たりとか、そんな感じです。
 
 どうぞよろしくお願いいたします。

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